キャラクターとしての開発は
1974年で、公式にはこの年が誕生年になっているが、初号グッズの販売は
1975年3月である。最初のグッズはビニール製の
がま口「プチパース」であった(当時の定価は240円)。このプチパースはキティを含め6種類のキャラクターで発売されていたが、キティのものだけが圧倒的に売れたという。以前はサンリオ社内にも残っていなかったが、顧客が所持していたプチパースをサンリオに寄贈したため、これ1個のみが現存し、展示されている。プチパースは1度だけ限定で復刻販売された。
ハローキティはいちご新聞の1975年5月1日号(2号)で水泳選手ジェニー・ターラルの記事の挿絵として紙面に初登場した。最初期は名がなく暫定的に「名前のない白い子猫」などと呼ばれ、1975年頃に『
鏡の国のアリス』に登場する子猫にちなみ「キティ」という名が付けられた。キャラクター名の姓「ホワイト」は、後の設定変更で付け加えられたもの。
初期のグッズに描かれたキティは横向きで座ったポーズを取っているが、ラフスケッチの段階では横向きのほかに正面向きのものもあった。初代デザイナーの清水侑子が当時のアシスタント(後の2代目デザイナーである米窪節子)に横向きと正面向きのどちらがいいかを尋ねたところ、横向きのほうがシンボリックでいいと返答したので、横向きを採用したという。1976年、初代デザイナーの清水侑子の退社に伴い、デザイナーが米窪節子にバトンタッチ後、1977年に初めて立ったポーズのグッズが発売された。1980年にデザイナーが現在の山口裕子にバトンタッチ後、デザインに自由度を持たせるためにキャラクターデザインを調整してフォルムが刷新され、 1982年には自由なポーズのキティが公表された。
1986年には、ハローキティのファンクラブが結成された。
2004年
7月8日、若い女性の間でのペットブームを背景として、キティが飼っているネコとハムスターという設定のキャラクター、
チャーミー・キティとシュガーが発表され、翌年にはチャーミーの妹のハニー・キュートが発表された。キティは擬人化されているとはいえ、猫が猫を飼っているということになる。サンリオではチャーミーはキティとは独立したキャラクターとして位置づけられている。チャーミー等が「飼い主」のキティと同じ商品に登場することはほとんどないが、『いちご新聞』2004年11月号(441号)の表紙ではキティがチャーミーを抱きかかえている。
1993年、キティの幼少期という設定のシリーズ「ベビーキティ」でキティのボーイフレンドの
ダニエルが初登場。1999年に成長した姿が登場した。1999年以降、
ディアダニエル (Dear Daniel) として、独自の展開が行われている。
1998年には、キティの友達のキャシーの姉という設定の「デイジー」と、同じくキティの友達のトーマスのいとこという設定の「コロ」のキャラクター、「デイジー&コロ」(Daisy & Coro) が発表され、同年9月からキティとは別に商品展開を開始した。
キティは、ユニセフ関連の役職に日本国内限定のものも含め、過去3回就いている。1度目は
1983年、米ユニセフのジュニア・アンバサダー(子供大使)に任命された。2度目は
1994年、日本ユニセフ協会の子供親善使節に任命された。3度目は
2004年、期間限定で
ユニセフの、「子供たちの特別な友達」に任命された(サンリオでは親善大使と表記。期間限定のため、期日満了の2004年11月1日に退任)。
2004年7月31日から、生誕30周年を記念してキティをモチーフにした作品の展覧会KITTY EX.(キティ・エックス)が全国各地で開催されている。
2008年5月から、
国土交通省の中国・香港観光親善大使に任命されている。
女性向けというイメージが強いハローキティだが、ハローキティの生誕40周年の節目を機会にその既成概念を覆すべく、ハローキティの男性向けブランドである「ハローキティメン」プロジェクトを2014年9月より立ち上げ、阪急メンズ東京(有楽町)の展覧会でTシャツなどの展示を皮切りに、さまざまな男性向けアイテムの商品展開が行われている。