文庫です。 きれいなほうです。
恋人と語らう柏崎の浜辺で、声をかけてきた見知らぬ男。「煙草の火を貸してくれませんか」。この言葉が、〈拉致〉のはじまりだった――。言動・思想の自由を奪われた生活、脱出への希望と挫折、子どもについた大きな嘘……。
夢と絆を断たれながらも必死で生き抜いた、北朝鮮での24年間とは。帰国から10年を経て初めて綴られた、衝撃の手記。拉致の当日を記した原稿を新たに収録。
【目次】
はじめに
拉致、その日――一九七八年七月三十一日
絶望そして光――このまま死ぬわけにはいかない
人質――日本に引き留めようとする家族とも「戦わ」なければならなかった
自由の海に溺れない――日本の自由は、私たちに興奮と戸惑いをもたらした
自動小銃音の恐怖――この地の戦争に巻き込まれ、犬死するのが口惜しかった
生きて、落ち合おう――これは父さんとおまえだけの秘密だよ
煎った大豆を――配給が途絶えたという話が耳に入るようになった
飢えの知恵――その男は小魚をわしづかみにして、洋服のポケットにねじ込んでいた
配給だけでは食えない! ――私はトウモロコシが一粒落ちていても、拾うようになった
望郷――丘の景色のむこうには、海があるような気がしてならなかった
誘惑――川幅わずか三メートル。一、二、三歩で逃れられる!
革命のコンテンツ――おばあさんたちは、興に飢えた人のごとく踊りに没頭していた
北の狩り――当地でゴルフをやったのは、私が初めてではないか?
洗脳教育――自分がこんなにも反日的な国に拉致されたという事実に戦慄した
本音と建前――心を開かせようとする人には、ことさら警戒心が必要だった
バッジを外すとき――物資を背に、まるで泥棒のように部屋に逃げ込んだ
自由な市場――おばさんたちが一斉に怒声を上げた。「殴れ、殴ってやれ! 」
二十四年ぶりの外食――老兵を敬えと軍隊で教えられていないのか!
いた! 親父だ! ――運動の高まり、憂慮と憤り。私たちは山奥の招待所に移された
様々な打算――キムおばあさんは、欲のない女性だった
蟻の一穴――?韓国女子大生の逮捕に、北朝鮮の女性たちはみんなが泣いた
理性と本能――日本を応援すれば家族の偽装経歴が疑われる
将軍様の娘――もっぱらの関心事は、北の宣伝などではなく、恋人や結婚のこと
涙の演技――ふたたび戦争へ?
タブーと政治――そのとき相手は嘲りの混じったまなざしで私を見た
危険水域――さらに胸倉をつかんだ腕を激しく前後に揺さぶりながら……
後ろめたさ――私はその子のあとをつけて行った
終わりと始まり――子どもたちも何度も振り返りながら玄関を離れて行った
あとがき
さらに三年――もう待てない(文庫版あとがきにかえて)
解説:石高健次
蓮池薫
1957年新潟県柏崎市生れ。新潟産業大学准教授。1978年中央大学法学部三年在学中に拉致され、24年間、北朝鮮での生活を余儀なくされる。帰国後、同大学に復学し卒業。訳書に『孤将』『私たちの幸せな時間』『トガニ―幼き瞳の告発―』など多数。著書に『半島へ、ふたたび』『蓮池流韓国語入門』『夢うばわれても』『拉致と決断』などがある。