二代香山は本名半之助。初代香山(虎之介)の兄の宮川長平の子供として生まれ、初代香山の養子となりました。初代香山の指導を受けながら、初代の仕事を援けました。初代真葛香山の作品の中には実際には半之助が制作したものもあると言われているほどであり、二代の陶技は非常に高いと言われています。初代が出品した明治時代のパリ万博・シカゴ万博・セントルイス万博などに於いては、初代香山と共に、あるいは初代の代理として、渡欧・渡米しています。
宮川半之助は大正六年(1917年)に二代真葛香山を襲名すると同時に、この年から日本美術協会主催の美術展覧会の審査委員を務めるようになります。
昭和二年(1927年)には、関東の陶芸家によって結成された東陶会の顧問を板谷波山と並んで務めました。同年の第8回帝展に出品し、昭和七年からは帝展の審査員を務めるようになりました。
さて、出品の作品は、古伊賀焼のような胎土を使用した珍しい作品です。
二代香山は襲名後の大正十二年には古伊賀焼復興の現地指導もしていますから、このような胎土の扱いは熟知していたものと思われます。鑑賞目的だけでなく、実用に耐えるように、花瓶内部には水漏れ防止のための黒釉を丁寧に施しています。
素地の荒々しい胎土と対照的な上品な白泥と金泥を絵具に使い、これを厚く塗りこめて、幼いながらも凛とした雛鶴の気品ある姿を表現しています。雛鶴の羽毛や脚の鱗までが見事に表現されています。
この作品は、関係書籍を見ても、これまで初代とも二代とも明記されていないケースが多かったようですが、本作には貴重な共箱がついており、その箱書きの書体から二代の作であることがわかりました。二代の作品は、明治陶磁器のコレクションで世界的に有名なハリリ・コレクション(Nasser David Khalili Collection)やロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館などに収蔵されています。
本作は、高さが23㎝、幅が19㎝です。ワレ・カケ・ヒビなどの瑕疵は一切ありません。写真でご確認頂ける通り、未使用と言ってもよい保存状態の良さです。作品には、共箱と共布が付きます。
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