・書籍名(英名) : Cactus Lexicon - English edition -
・著者名 : Curt Backeberg
・出版社:Blandford Press
・発行年:1977年
・形式 : 洋書(英語)、210×148mm、ハードカバー、828p
手元に余部があるので出品します。カバー背表紙と表表紙の左角部分に焼けあり、内部は紙焼けをやや感じますが、比較的綺麗な状態だと思います(写真参照)。
<説明>
Curt Backeberg(クルト・バッケベルグ、1894〜1966)が1966年に出版した伝説的な図鑑「Das Kakteen Lexicon」(ドイツ語版)を、Walter Haage等が追記・修正とカラー写真の追加を行った1976年の第3版改訂を元に、1977年に英語翻訳版として出版したのが本書です。英語圏では、本書がC. Backeberg図鑑のスタンダードかと思います。なお、執筆者自身は1965年までに第1版の原稿を仕上げていますが、本書の出版を目にする事なくこの世を去っています。
C. Backebergの名前は、昔からサボテン栽培をされていた方なら知らない人はいないと思います。本書は出版当時知られていたサボテン科全種の総決算として出版した記念碑的な図鑑となり、当時知られていた野生種として記載されていた属、種、亜種、変種、品種はほぼ網羅しており、また不明種や主要な裸名まで掲載し、独自の説で高次から品種レベルまで分類しています。
サボテン科の高次分類から始まり、本編では各属とその下に種、変種、品種をアルファベット順に並べ、辞書的に使える構成となっています。また、不明とした種の多くを参考種として収録しています。各種の記述では形態と解る範囲で原産地を記述しており、中には考察や他の研究者への批判も書いていたりもします(特にF. Ritter批判がなかなかです)。また、全属の代表的な種の写真を巻末に収めていますが、時代でしょうか、カラーとモノクロが混在しています。
また、本図鑑は世界的な影響力が極めて大きく、とくに園芸界では戦後〜20世紀末まで事実上のサボテン科の標準分類体系の一つとして使われ続けました。その後もいくつものサボテン科の図鑑類が出版されていますが、網羅性に欠けており、結局は2006年に出版されたD. Hunt他の「New Cactus Lexicon」まで、本書を超える網羅的且つ決定版的な図鑑は出版されませんでした。この関係で、現在でもサボテン市場を見ていると、本図鑑を参考に同定されたラベルを多く見かけます。
一方で、C. Backebergの分類は命名規約上の分類学的な処理に致命的な欠点ががあり、本書で書かれた大量の新種記載(新変種、新品種)については、残念ながら全てが無効名となっています。同時に新組合せを大量に記述しているのですが、元の学名が無効名や裸名を多く含み、有効名と区別がつかないために混沌としています。これは同氏の出自が貿易商であり、また栽培場での輸入サボテン株や種子からの栽培株を中心にしており、自然史分野の研究や命名規約を軽視したためとなります。また、分類学の基本中の基本でもある原産地が不明の種を新種記載したり、タイプ標本の指定を一切していなかったために、このような混乱が起こりました。それでも園芸上はいまだに本書を参考にした同定ラベルが使われていたりもしますが、学名としては無効名や裸名は、残念ながら無効となります。
このため、当時の分類学研究者からは、「汽車の中から見たサボテンを新種記載している」とまで揶揄されてもいます。また、同時に批判を浴びていたのが、花や種子の形質による進化論的な分類を軽視し、生物地理的な分布要素を重視した分類体系でした。この部分は、現在は大幅に見直されています。
とはいえ、その功績は計り知れず、C. Backebergの趣向が細かく分けるスプリッター(細分化主義者)でもあったこともあり、園芸関係者からは批判もありつつ基本的にはウケが良く、また一種のバイブル的な書籍として扱われてきました。いまだにドイツあたりの年配趣味家さんの方々とメール等で議論をしていると、いまだC. Backebergの影響力を如実に感じます。
国内では伊藤芳夫がC. Backebergの強烈なシンパであり、文通での交友記述を残しており、また本書でも一部伊藤体系を採用したり、カラーで伊藤芳夫の花サボテン栽培場が掲載されていることからも、それなりに気を掛けられていた痕跡が伺えます。伊藤芳夫も一部に文句をつけつつも、晩年までバッケ流の分類体系を大きく崩さずに図鑑を出し続けました。図鑑様式も本書を参考にしており、同じ構成になっています。
かつてはサボテン園芸界を席巻した図鑑でもあり、特にドイツ等のEU圏を中心に、いまだ本書を参考にしたラベルが結構な割合で出てくるので、その正体を調べる意味でも野生種サボテンコレクターにとってはマストな一冊だと思います。中には本書が根拠となった新組合せの学名もあるので、分類学的な第一級資料の一つだと感じます。