本/茶碗.の見方.賞め方/白楽茶碗.不二山.光悦/赤楽茶碗.無一物.長次郎/大井戸茶碗.筒井筒/青磁茶碗.馬蝗絆/私の一碗-千宗左.千宗室.他/茶道 收藏
雅虎拍卖号:r1160209340
开始时间:01/09/2025 22:09:32
个 数:1
结束时间:01/16/2025 22:09:32
商品成色:二手
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出价次数:0
■■『書籍』・・・■■ ●●『芸術新潮』・・・●● **”(1982年8月号)”** ■■『特集』・・・■■ ●●『「茶碗」・の見方・賞め方』・・・●● ―”監修・林屋晴三”― **”(約・40頁)”** ―”茶室・転合庵・(東京国立博物館)”― ◆有楽井戸茶碗。 ◆唐物茶入・宇治文琳。 ◆信楽一重口水指。 ◆蒲生氏郷作・茶杓。 ◆芦屋・園城寺。 ■■『ローカル・ガイド・54』・・・■■ ●●『宮本二天への旅』・・・●● **”(約・12頁)”** ◆武蔵作・「不動明王像」。 ■発行日=昭和57年8月1日。 ■発行所=株式会社・新潮社。 ■サイズ=21×28.5cm。 ■定価=800円。 ■状態。 ●表紙に・多少のキズ・ヤケが有ります。 ●本誌内に・多少のヤケが見えますが ●大きなダメージは・無く ●年代的には良い状態に思います。 ◆◆注意・・・◆◆ ★発行日より経年を・経て下ります。 コンディションに係らず・古書で有る事を 充分に御理解の上・御入札下さい。 ★神経質な方は入札をご辞退下さい・・!! ●全・152頁・・・!! ●特集の・・・!! ◆「茶碗」・の見方・賞め方・は・約40頁。 ◆本文の・国宝・重文・等の指定は・本書発行日頃 のものです。 ●蒐集・資料などの・参考に・・・!! ●探されていた方は・この機会に・・・!! ●以下・詳細をご覧ください・・・!! ◆掲載案内は・抜粋し掲載して下ります。 ◆掲載内容は・Q&Aより・問い合わせ下さい。 ◆数字記載は目視です・間違いは御容赦下さい。 ●数字の記載は目視です・間違いは御容赦下さい。 ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ―”特集”― ■■『「茶碗」・の見方・賞め方』・・・■■ ―”監修・林屋晴三”― **”約・40頁”** ●●「茶碗との出会い」・・・●● ●●「名碗十五選」・・・●● ●「曜変天目茶碗・稲葉天目」・・・● ―茶の名碗というより宋代の絶品としての価値― ★鎌倉時代初期・禅僧や喫茶をたしなむ人々の間では・ 主に中国から請来された天目茶碗や青磁の茶碗を用い てきた。 ことに室町時代・東山殿足利義政の殿中では・やはり ・中国から請来された・宋・元の名画を中心とする唐 物技術で壮巌とした書院で茶の湯が行なわれ・そうし た唐物万能主義ともいえる茶の世界で最高の名碗と称 されたものが曜変天目であった。 ◆曜変天目茶碗・「稲葉天目」。 ・静堂文庫。 ・国宝。 ・図版・2点。 ・(側面)。 ・(見込)。 ●大井戸茶碗・「筒井筒」・・・● ―堂々たる風格・天下一の井戸茶碗― ◆大井戸茶碗・「筒井筒」。 ・重文。 ・図版・2点。 ・(側面)。 ・(見込)。 ★「曜変天目」・と・「青磁茶碗・馬蝗絆」・は十 二世紀以来わが国に請来され・今日まで伝えられ た中国宋時代の茶碗を代表する名作であった。 そしてそれらは・十五世紀までは喫茶用の茶碗と して絶対的な価値を得ていた。 ところが十六世紀に入り・町衆を中心とする階層 の間で侘びの茶風が深まるにつれ・次第に絶対的 な対象でなくなり・かわって朝鮮半島の地方の窯 で焼かれた麁相な作振りの茶碗が着目され・侘茶 の茶碗としての評価が大いに高まった。 そして遂に侘茶の大成期であった桃山時代になる と・その代表作とされた井戸茶碗が天下一の声価 を得たのであった。 私は茶陶以外のことはあまり深く知らないが・曜 変天目や青磁茶碗などの唐物茶碗から・井戸茶碗 を中心とする高麗茶碗へと移ってゆく茶の湯の世 界の美意識の変革ほど・大きな変化が他にもあっ ただろうかといつも思う。 それはまさに下克上の時代ならばこその出来事で あったといえ・おそらく初期の侘茶の推進者が奈 良や堺・京都の町衆でなかったならば・あれほど 急激な美意識の転換はなかったにちがいない。 そしてさらにそうした町衆の先達のもとに・織田 信長や豊臣秀吉など新しい権力者達が茶の湯を嗜 んだことが侘びの茶風と・その内在する美意識を 決定づけたといえる。 「筒井筒」・と呼ばれているこの茶碗・かつて豊 臣秀吉が所持していたものであり・おそらく当時 天下一と称された井戸茶碗にあたるものと推測さ れる。 ★略・・・・・。 ★私は大井戸と呼ばれている井戸茶碗を・おそらく 三十碗以上手にしたであろう。 いずれも一風ある趣をもっているが・代表的な名 作の名を挙げると・「筒井筒」・「喜左衛門」・ 「細川」・「加賀」・「有楽」・「美濃」・とい うことになるであろうかなかで大井戸ならではの 風格を見事にそなえているのは・「筒井筒」・「 喜左衛門」・「細川」・の三碗という定評が有り ・「加賀」・は力感と格調の上では三碗に譲るが ・茶味の深さということではそれらを凌ぐのでは ないだろうか。 「筒井筒」・「喜左衛門」・「細川」・の三碗の うち・いずれをもって天下一とするかとなると・ おそらく人それぞれによって異なるが・茶碗を愛 する友人達の答えは・「喜左衛門」・よりも・「 筒井筒」・とする人が少し多いようである。 私はどうかというと・かつては・「筒井筒」・で あった。 ところがその後・「喜左衛門」・のもつ不気味と もいえる無言の存在感に激しく魅せられ・ある時 突然・「筒井筒」・や・「喜左衛門」・にない無 作為にすぎるともいえる・「細川」・のゆったり としたおおらかさに捉えられた。 この十五選に・「筒井筒」・を選んだのは・おら そく大井戸ならではの堂々とした風格ということ では・やはり他を凌ぐと思ったのであろう。 しっかりとした力感漲る作振りは・大井戸のみが 見せてくれる造形の一極致といえる。 ●雨漏茶碗・・・● ―内にこもったつよさ・そして侘びたるもの― ◆雨漏茶碗。 ・根津美術館。 ・重文。 ・図版・4点。 ・(側面)。 ・(見込)。 ・(高台・他)。 ★高麗茶碗の味わいというものは、茶碗の作振りが その生命を決するこということはいうまでもない が、長い年月使われている間に、次第次第に身に ついてくる ―さび― がもたらすものも極めて 大きい。 ★略・・・・・。 ●青井戸茶碗・「柴田井戸」・・・● ―「間」・の妙― ◆青井戸茶碗・「柴田井戸」。 ・根津美術館。 ・重文。 ・図版・4点。 ・(側面)。 ・(見込)。 ・(高台・他)。 ★この茶碗はその名がしめすように・かつて柴田勝 家が所持していたもので・織田信長から拝領した と伝えられている。 信長が勝家ほどの男に与えたのであるか当時から 名碗として知られていたものであろう。 ずいぶん数多く高麗茶碗を観照したが・堂々とし た風格では・「筒井筒」・や・「喜左衛門井戸」 ・が優るであろうし・寂びた趣の深さではほかに いくつもの名碗がある。 しかし侘びの茶碗として・また高麗茶碗ならでは の造形美とはなにかという視点にたって選択して いくと・いたるところこの茶碗ではないかと思わ れ・李朝の陶工が無造作な作業のなかでおのずか ら会得して生み出した造形の極致だと思う。 「柴田井戸」・高台の畳口から口縁にかけての高 さは7.1センチ・場所によって僅な誤差はあろ うが口径14.3センチ・同じく高台径は4.8 センチで、高台の高さはほぼ1.8センチ・重量 は280グラムの法量の茶碗である。 そこでまず第一にいえることは、口径と高台径と の比率が非常に良いことで、このような形の茶碗 の場合、口径のほぼ三分の一高台径というものが 常識的に見てもっとも妥当な割合であり、また口 径に対する高さはこの茶碗の場合は、ほぼ 二対一の割合である。 そしてそうした割合の中で茶碗それぞれの姿に応 じて微妙な変化があるわけで、名碗といわれるも のとそうでないものとは、その微妙な差が極めて 大きく作用する。 ★略・・・・・。 ●魚屋茶碗・「龍田」・・・● ―名残りの名碗― ◆魚屋茶碗・「龍田」。 ・図版・4点。 ・(側面)。 ・(見込)。 ・(高台・他)。 ★数ある高麗茶碗のなかでも・これほどに変化に富 んだ景色をもつ茶碗は少ない。 しかも伝世しているうちに次第に深まった寂びた 味わいもまた格別である。 ★略・・・・・。 ●そば茶碗・「夏月」・・・● ―雅味深い平茶碗― ◆そば茶碗・「夏月」。 ・図版・2点。 ・(側面)。 ・(高台)。 ★七月九日・私はこの名碗で茶をいただいた。 「夏月」・という銘・浅く開いた茶碗の姿・まさ にこの茶碗を用いるにふさわしい時候であった。 すでに幾度か手にしている茶碗であるが・一碗の 茶を喫することができるとなると胸がさわいで・ 茶事のご案内がとどいた時から・茶碗を手に抱い て・点じられた濃茶をすするときの感触に想いが 走った。 いまさらいうでもないだろうが・数寄風流の場で は・一会の茶事のおいて・その茶事の性格に応じ て用いる道具の取合わせにさまざまの趣好がなさ れるが・もっとも重視されるのは季節感である。 冬はあたたかく・夏はすずしげに・春はうららか なはなやぎを・秋は名残りの趣に数寄者は誰しも 心をくだく。 大井戸茶碗は・桃山時代の茶会記をみると多くの 場合・晩秋から冬の季節に用いられている。 深々とした大井戸を用いるにはふさわしい頃であ る。 ただし天下一の井戸茶碗を所持した秀吉だけは季 節感におかまないなしに用いているのは・承知の 上であろうが彼らしくて面白い。 「雨漏」・はやはり秋から冬にかけての茶碗であ ろうし・「柴田」・は茶碗の姿や味わいから推し て初風炉の五月頃にふさわしい茶碗であろう。 また・「龍田」・はすでに語ったように・晩秋の 名残りをくむためにあるような茶碗である。 ★略・・・・・。 ●柿の蔕茶碗・「毘沙門堂」・・・● ―寂びの名碗― ◆柿の蔕茶碗・「毘沙門堂」。 ・畠山記念館。 ・重文。 ・図版・3点。 ・(側面)。 ・(高台・他)。 ★略・・・・・。 ★柿の蔕は高麗茶碗のなかでもとりわけ渋く寂びた 趣の茶碗で・その質感も釉が厚くかかった井戸や 雨漏と違って・むしろ土の味そのものを生かした 独特の風合いがある。 「柿の蔕」・という一風変わった鄙びた呼称も・ その高台の形や色調が柿の蔕に似ているので付け られたというが・茶碗の趣をうまくとらえたユー モラスな名称で・そこに茶人らしい楷謔の一端が 窺われる。 ★略・・・・・。 ●赤楽茶碗・「無一物」・・・● ―利休の茶境を無言のうちに語る― ◆赤楽茶碗・「無一物」。 ・長次郎。 ・潁川美術館。 ・重文。 ・図版・2点。 ・(側面)。 ・(高台)。 ●志野茶碗・「卯花墻」・・・● ―茶碗としての・「用」・の極― ◆志野茶碗・「卯花墻」。 ・国宝。 ・図版・5点。 ・(側面)。 ・(高台・他)。 ★侘茶の名碗として井戸茶碗の評価が定まったのは 桃山時代であったが・その頃・すなわち天正から 文禄・慶長年間にかけて・日本の各地の窯では唐 物や高麗物とはまったく違った作風の茶具が焼造 され・どこの国にもない特色のあるやきものが開 花していた。 なかでも志野や黄瀬戸・瀬戸黒・織部を焼いた美 濃の窯は多彩な表現力を持ち・ことに茶碗の制作 では土壇場といえるほど作意に満ちた魅力のある 茶碗を生み出したが・「卯花墻」・はそうした桃 山の茶碗の一頂点をなす名碗である。 それは・「無一物」・と対局する造形といえる。 ちゃわんという器に対して・これほどきめこまや かに作意をこらし・しかもその狙いが見事に決ま っている茶碗は稀であり・桃山時代といえどもい くつもできなかった茶碗にちがいない。 ★私はこの名碗で二度喫したことがある。 手にしたことはたびたびで・茶碗の作振は熟知し ているつもりであったが・茶碗はやはり茶をのん でこそ茶碗としての味わいがはじめて心に伝わっ てくるもので・そのときのふれあいの実感はいま だに忘れられない。 茶が点じられた茶碗は掌中にしたときほのぼのと あたたかく・白い釉はだやざんぐりとした土はだ はしっとりと湿って・ただ見る時とちがって茶碗 として生きていることを如実に感じる。 ★略・・・・・。 ★筒形に近いので・茶をのみ終わって見込を見ると かなり深く・しかも広くたっぷりと彎曲し・内側 には轆轤目がゆるやかにめぐっている。 優れた志野茶碗の多くは・轆轤で水びきし素地に ・作為のおもむくままに箆削りを加え・あるいは 歪めたりして・一碗一碗個性味のある姿に作り出 しているが・「卯花墻」・も胴をおさえてほぼ三 角にとり・そしてそれぞれの面を箆削りして独特 の形に作りあげている。 したがって手にとってゆっくりまわしていくとそ の趣はまことに変化に富んでいて・決して一とこ ろを見て茶碗の全貌が窺えるような作行きではな い。 ★略・・・・・。 ●白楽茶碗・「不二山」・・・● ―光悦の個性が光る最高の名碗― ◆白楽茶碗・「不二山」。 ・光悦。 ・国宝。 ・図版・2点。 ・(側面)。 ・(高台)。 ★造形に対する高い理念が生み出した宋代の茶碗や ・高麗茶碗の名作にみるような無作為の境地から 生まれた造形美は・いずれも茶碗として一つの世 界を確立しているが・桃山時代に造られた日本の 茶碗の多くは・一作一作かなり作意をこめて造ら れ・そこにはっきりとした個性の表出が窺われる。 それは中国や朝鮮半島で生まれた茶碗には見られ ぬところで・日本の茶碗だけが求めた造形であっ た。 しかも中国や朝鮮半島の茶碗を熟知した上で・そ うした作為的な造形に挑んでいるところに大きな 興味を抱かせる。言葉をかえれば・桃山の茶碗は ・近代の芸術家がオブジェをものするのと極めて 似た境地で・茶の湯に具すべき一つの茶碗が造ら れているのであり・そこに個人的個性の芸術的発 露があったといってもさしつかえないであろう。 だが・志野茶碗・「卯花墻」・などの名作を残し た美濃の陶工達の名はすでに歴史のなかにうもれ てしまった。 そこに私達陶工というものの生業のはかなさを想 わずにはいられないが・しかし光悦は陶を生業と していなかったにもかかわらず・その人間像の見 事さもあって・人と作品がともに歴史の上で高い 評価をうけているのであり・やはり稀にみる名誉 の人としかいいようがない。 もちろん光悦自身・後世に自作の茶碗がこれほど に高く評価されるとは思わなかったであろう。 桃山の茶碗を見て・以上のような感懐を抱くのは 私だけではあるまい。 しかしそれにしても・素人の手捏ねであったとは いえ・光悦の造った茶碗には優れたものがあり・ ことに・「不二山」・は最高の傑作であった。 作者の目はきわめてこまやかにすみずみまでゆき とどき・ことに高台から腰に掛けての作行きに窺 われる緊迫感に満ちた作意は・他に較べるものの ない見事さである。 しかも全体像に荘重ともいえる品格が窺われる。 私は・「稲葉天目」・と・「不二山」・を前にし て選択を迫られたならば・まったくためらいなく ・「不二山」・をとるであろうし・「筒井筒」・ と・「不二山」・の場合もやはり・「不二山」・ をとるであろう。 「不二山」・という茶碗はそれほどの茶碗であり ・おそらく光悦も特に思いをこめて作ったものに ちがいないが・茶碗の美しさや気品の大きく作用 している釉の景色は・光悦が意図したものではな かったようで・白楽におっける下半分の焦げは・ 窯の中で偶然にできたものであったらしい。 ★略・・・・・。 ●赤楽茶碗・「乙御前」・・・● ―技を超えた造形― ◆赤楽茶碗・「乙御前」。 ・光悦。 ・図版・4点。 ・(側面)。 ・(高台・他)。 ●奥高麗茶碗・「深山路」・・・● ―柔らかい質感の釉はだ― ◆奥高麗茶碗・「深山路」。 ・図版・3点。 ・(側面)。 ・(高台・他)。 ●御所丸茶碗・「古田高麗」・・・● ―作為に満ちた古田織部の茶碗― ◆御所丸茶碗・「古田高麗」。 ・図版・2点。 ・(側面)。 ・(高台)。 ●千種伊羅保茶碗・・・● ―綺麗さびの典型― ◆千種伊羅保茶碗。 ・図版・2点。 ・(側面)。 ・(高台)。 ●青磁茶碗・「馬蝗絆」・・・● ―重盛から義政へ・伝承の名碗の味わいをます― ◆青磁茶碗・「馬蝗絆」。 ・国宝。 ・図版・3点。 ・(側面)。 ・(高台)。 ・(見込)。 ★宋の青磁は殷代からおよそ二千五百年の年月をか けて完成された中国陶磁の粋といえるやきもので ある。 なかでは北宋時代の汝官窯の青磁がその頂点にあ るが・残念ながらかつて日本には請来されなかっ た。 わが国にもたらされた宋の青磁の大半は南宋時代 浙江省の龍泉窯で焼造されたもので・杭州の南宋 官窯の製品かと考えられるものも僅かに含まれて いる。 「馬蝗絆」・と名付けられたこの茶碗は・日本に 請来された南宋の青磁のなかではもっとも優れた 器であり・しかも言い伝えを信じれば類中最古の 伝世品である。 すなわちこの茶碗が日本にもたらされたのは十二 世紀末のことらしく・平重盛が宋の育王山の長老 仏照禅師から贈られてきたものと伝えられ・その 後どのような経過をたどったか不詳であるが・十 五世紀の東山時代に慈照院足利義政の蔵となった。 ★略・・・・・。 ★この茶碗にはいま一つ興味深い話が伝えられてい る。 すなわち・足利義政の所持となってから・あやま って見込みから胴にかけて大きなひび割れが生じ てしまった。 残念に思った義政は・おそらく入明する禅僧に託 したものと思われるが・この茶碗をもたせて同様 のものを求めるべく中国に遣わしたところ・十二 世紀からすでに三百年を経た中国では・購めるこ とも焼かせることも不可能であったらしく・ひび 割れのところに鎹を打ち・漆皮の箱に収めて茶碗 は戻されてきた。 ところが・茶碗の外側に打った鎹が大きく・馬と いう文字は大きいものの形容詞なので・大きな蝗 のような趣であるということから・「馬蝗絆」・ と名付けられたのである。 私は義政時代の話は極めて信憑性の高いものだと 思う。 十五世紀に南宋の名碗を得られなかったいの余地 がない。 ★略・・・・・。 ●●「私の一碗」・・・●● ●『梅沢信二・(梅沢記念館館長)』・・・● ◆割高台茶碗。 ・梅沢記念館。 ・図版・2点。 ・(側面)。 ・(高台)。 ●『加藤唐九郎・(陶芸家)』・・・● ◆瀬戸黒茶碗・「大原女」。 ・梅沢記念館。 ・図版・2点。 ・(側面)。 ・(高台)。 ●『成趣庵・小堀宗慶・(遠州茶道宗家十二世)』・・● ◆魚屋茶碗・「利休ととや」。 ・藤田美術館。 ★略・・・・・。 ★この度私の好きな一点・という事で何か好きな茶 碗を挙げよという依頼を受けた時・私は茶の湯道 具の的伝性からも・利休ととやの茶碗を取りあげ た。 この茶碗は世上名碗と呼ばれる種々のととやちゃ わんの元祖と見てよいだろう。 利休が秘蔵していたのでその名を冠して・「利休 ととや」・と呼ばれている。 利休は沢山の門弟の中より・古田織部を道の後継 者と選び・この茶碗を与えた。 織部も又秘蔵していたが・高麗出陣の折止むを得 ず・大坂町家油屋某に預けられた。 遠州はその事を知り・早速是を譲り受け・利休・ 織部を偲ぶ的伝の茶碗として是を秘蔵し・箱を造 り自ら・「ととや」・と書き付けている。 後年織部は愛弟子遠州がこの利休伝来の茶碗を所 持せるときき・高麗出陣の時も肌身につけ持参し た・ととや茶碗の仕覆を遠州に贈ったと云う。 正に的伝の器である。 ●『近藤道生・(博報堂社長)』・・・● ◆御所丸茶碗・「古田高麗」。 ●『鈴木治・(陶芸家)』・・・● ◆粉引茶碗。 ●『不審庵・千宗左・(表千家十四世家元)』・・・● ◆黒楽茶碗・「稲妻」・道入。 ・不審庵。 ・図版・2点。 ・(側面)。 ・(高台)。 ★楽家の三代道入・ノンカウは名工の名も高く・初 代長次郎にはみられなかった形の茶碗を作り・釉 薬を思いのままに使いこなしているようだ。 ノンカウの名作が多いなかにも・長次郎のときと 同じように・その間の名作・佳作がまとめられて ・いつしか・「ノンカウ七種」・を生んだ。 私ども先祖・九代了々斎のころにはノンカウ七種 もそろったらしい。 ★略・・・・・。 ●『今日庵・千宗室・(表千家十五世家元)』・・・● ◆黒楽茶碗・「法輪寺」・長次郎。 ・今日庵。 ・図版・2点。 ・(側面)。 ・(高台)。 ★私の手元にはあらゆる窯元のいろいろな茶碗があ る。 それを毎日用いているとは限らない。 種類・時代・それぞれをよく見極めて手にとって 眺めていると・全く時間のたつのを忘れてしまう 程である。 然し日常多忙なためそんな時間すらなかなか取れ ない此の頃である。 楽家の代々の茶碗をならべて一つ一ついろいろな 角度から鑑賞する。 何だかその代々の時代の流れ移り変わりがよく理 解されている。 長次郎の作で利休所持そして三代の元伯宗旦が愛 玩していた黒茶碗に法輪寺という銘 のついたものがある。 法輪寺は京都の嵐山にあり・京都人は嵯の虚空蔵 さんと呼んで親しんでいる。 何故ならば虚空蔵さんには四月十三日十三歳にな った男女が必ず智恵をいただきにゆく慣わしが京 都に伝わっている。 宗旦は長次郎の茶碗でお茶をいただき乍ら・その 茶碗の肌ざわり・ぬくもりから虚空蔵菩薩を思い 出し・嵐山の東麓に接し楓桜が多く眺望絶佳の中 で遊ぶ自分を想像したのではないだろうか。 法輪寺を手にする時に・私は遠い昔のそうした光 景を想わずにはいられないのである。 ●『本田静雄・(FM愛知会長)』・・・● ◆大井戸茶碗・「喜左衛門井戸」。 ・孤篷庵。 ・国宝。 ●『三輪龍作・(陶芸家)』・・・● ◆白瑠璃碗・正倉院宝物。 ●『湯木貞一・(吉兆主人)』・・・● ◆大井戸茶碗・「喜左衛門井戸」。 ・孤篷庵。 ・国宝。 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆ ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ■入力のミスは・ご容赦下さい。 ■他の出品も是非・御覧下さい。 ■商品詳細文の転用は堅くお断り致します。 ●●入札案内・・・●● ■状態はすべて点検済ですが、 ■見落し等が無いとは言えません。 ■見解の相違も御座います。 ■御了承・御理解の上・入札下さい。 |
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