・書籍名(ドイツ語) : Kakteen in Sudamerika Band 1 ~ 4(4冊組)
・著者名 : Friedrich Ritter
・出版社: 自費出版
・発行年:1979~1981年
・形式 : 洋書(ドイツ語)、210×148mm、ペーパーバック、4冊組、合計1692p
手元に余分があるので出品します。表紙はラミネート加工されており、折れや紙焼けあり。中身には、一部書き込み(目次にFRナンバー追記)あり、経年劣化の紙焼けあり。約45年前の古い書籍ですので、経年劣化はありますが、使う分には問題ないレベルかと思います(写真参照)。
<書籍説明>
本書はFriedrich Ritter(フリードリヒ・リッター、1898〜1989)が、自身の25年に渡る南米諸国でのフィールドワークを元に研究したサボテン科の分類学的な研究の総決算として、1979年〜1981年にかけて自費出版した4冊組のリビジョンとなります。古い書籍ですが、南米サボテンのバイブルとなります。
F. Ritterはドイツのアマチュア出身のサボテンの研究者で、サボテン研究界の鉄人と称して良い人物だと感じます。日本語では、あまり紹介されていないことから評価されていませんが、南米サボテン研究における最重要人物となります。とにかく緻密で手数が多く、新種記載や分類体系の変更記録を膨大に残しています(生涯で16新属812新種変種品種、253種の属変更を記録)。また、1928年にF. Ritterがメキシコで発見したAztekium ritteri (花籠)をはじめ、様々なサボテンの学名に献名されています。
ドイツの古典サボテン研究といえば、国内では、かの伊藤芳夫氏も心酔していたCurt Backeberg(クルト・バッケベルグ)が有名かと思います。C. Backebergがナーセリーでの栽培株を中心に研究をしたのとは対照的に、F. Ritterは1950〜1970年代までに自身の足で稼ぐフィールドワークによる正統な分類学領域で活躍した人物となります。命名規約を雑に扱い、裸名や無効名だらけのC. Backebergに比べると、論文のレベルは圧倒的にF. Ritterに軍配が上がり、いまだに使われている学名も多数あります。
F. Ritterは単身南米に渡って各国に移り住みながら、自動車と徒歩で各地のサボテンを採集しつつ、分類学的な記録や採集を続けました。その地点数は数千ヶ所にのぼり、FRナンバーとして実姉のHildegard Winter(ヒルデガルド・ウィンター、日本ではウィンター商会として紹介)を通じ、通販で種子販売がなされました。このFRナンバーの系統については、いまだに世界各地で、かなり広域かつ大量に栽培され続けている事は驚くべき事実だと感じます。本書を含む各種論文にて、F. Ritterが採取して新種記載したタイプ産地のFRナンバー系統を多く含みますので、分類学的に混乱の多いサボテン科の中にあって、間違いのない本物のタイプ系統を育てる事ができます。そういう意味では、ここまで価値の高いナンバーは早々ありません。
1950年代後半から新種記載や分類体系の見直しを様々な科学雑誌に投稿し、キャリア終盤の1979〜1981年にカナリー島に隠居してから自費出版した総決算となる大論文が本書となります。サイズ的には小振りながら分厚い辞書サイズの書籍で、装丁もペーパーバック仕様となっており、他の立派な図鑑と比べるとシンプルで、見た目にはあまりパッとしません。しかしながら、中身は小さなタイプライターの文字で新聞のようにビッシリ埋め尽くされており、目がクラクラするぐらいの凄まじい情報量となります。見た目の良い編集もへったくれもなく、ひたすら敷き詰められた文字文字文字、情報の洪水で狂気すら感じます。
本書での新種記載や移属による新組合せが大量にあり、現在でも南米サボテン分類学研究における最重要資料の一つとなっています。この領域で研究する科学者で、本書を目にしない方は居ないと言っても過言ではなく、南米サボテンの最新論文でも、引用文献に必ず出てきます。なお、世に出回っているFRナンバーは全て、本書に収録されて細かい解説がなされています。
ただし、本書には2点ほど短所があります。1点目は全編ドイツ語である事。これだけで我々日本人にとっては非常に高いハードルとなります。ただ、近年はページの写真撮影やスキャンからのOCR化とデジタル翻訳技術が格段に進みましたので、読めなくはないと思います。2点目は、巻末に大量の現地写真や花の切片写真などが掲載されているのですが、殆どがモノクロで、カラー印刷は4〜6ページ分しかありません。ここが趣味家に浸透しなかった最大の理由かと思います。元はカラー写真だったようですが、推察するに1980年前後当時はカラー印刷が高価で、自費出版では限界があったのだろうと感じます。とはいえ、このモノクロ写真の枚数も多く、全てFRナンバーの自生地株、一部栽培株であるため、いまだに非常に参考になる事は疑う余地がありません。
一方で、図鑑的な解説要素が多々あり、F. Ritterが自身で歩いて観察した現地での各種の生態や生物地理、栽培下での栽培・観察情報、自身の分類に対する考え方、他の研究者の批判などが、これでもかとの量で書き込まれています。分類哲学が大きく異なるC. BackebergやJ. D. Donald & G. D. Rowleyあたりに対する批判は、火がついたように文章量が増え、熾烈を極めます。ここら辺もサボテン分類学史論争の歴史の1ページかなと感じます。
この書籍での分類体系は、形態と生物地理を併せて考察した古典分類学らしく、孤立した集団ごとにそれなりの違いがあれば、細かくスプリットされており、種数は今よりもずっと多くなっています。ただし、何でもかんでも分けるという話でもなく、時に大幅に統合もしており、時にまだまだ自身のフィールドワークが不十分で新種として記載できない旨を述べる等の謙虚な自然史学者らしい姿勢が前面に出ています。こういう記述を読むに、F. Ritterは何十年もサボテンの進化と分類を考え続け、フィールドで検証を繰り返してきたんだなと、その一端を感じさせる内容となっています。
1990年代中盤から統合傾向にあるサボテン科の分類体系だと、1種1種の範囲が広がった事もあり、種や亜種レベルの記述は大雑把にならざるを得ず、各地の集団に対するケアまでは困難です。逆に本書の場合は、細かく分かれているからこそ、それぞれの地域の個体群の詳細が記録として残っているのは非常に有難い話です。更に今では見る事の叶わない絶滅産地の情報も多く含んでおり、同時に記録の大切さを痛感します。
私個人としても、長年読み続けている書籍なのですが、ドイツ語なのもあり、あまりの情報量に全てを読み込むのは不可能です。ただし、とある種や属に対して読み返すだけでも、いまだ読み落としていた発見のあるトンデモ書籍となっており、南米サボテンの属や種レベルで、詳細を辞書的に使うのが真っ当な使い方となり、それでも軽く10年以上は付き合える名著中の名著だと感じます。