【主な特集記事の内容一部紹介】
●牧谿をお見せしよう
現存する真筆はわずか十数点ながら、足利将軍家いらい最高の画家とあがめられてきた牧谿。
蔵の奥深く秘蔵されてきた牧谿画が一挙展観されたのを機に、中国のフェルメールともいうべき謎の画人の繊細なリアリズムを体感する！
●"謎の中国人"牧谿について教えて下さい
答える人 山下裕二
鼻毛もじゃもじゃの牧谿作「老子図」これこそ画家自身の自画像に違いない！
気鋭の美術史家が牧谿の人となり、画業の魅力にせまるQ&A
●牧谿の名作クローズアップ！
答える人 山下裕二
猿や鶴の触感まで伝わってくる「観音猿鶴図」光と大気の画家ターナーにぜひ見せたかった「瀟湘八景図」。幻の名画に、貴重な撮り下ろし写真でググーッと大接近する。
最大の傑作「観音猿鶴図」
湿潤な”大気”を実感させる「瀟湘八景図」
もっと教えて！牧谿の見方
花も実もある小世界 「花卉図」
●なぜ”日本水墨画の父”なのか？
答える人 山下裕二
牧谿を「猿」真似したうえに「鶴」真似までした長谷川等伯
俵屋宗違お得意の”たらし込み”も牧谿に学んだ
禅僧・牧谿の何が、日本の水墨界に”喝”を入れたのだろう
”牧谿猿”の大繁殖！
史上初の牧谿展ウラ話 談・名児耶明
●茶人が生んだ”牧谿”ブランド 文・谷端昭夫
桃山の茶会に登場した牧谿ベストテン
牧谿画の「メイクドラマ」
牧谿、美術市場を賑わす！
超高級ブランドに合わせた表具とは？
牧谿唯一の自筆落款・観音図/部分 大徳寺蔵
「蜀僧法常謹製」の墨書に「牧谿」の朱文方印 （部分写真）
Ｑ牧谿はいつの時代のどんな人だったんですか？
牧谿は、南宋時代末期から元時代初期（13世紀後半）にかけての禅僧画家です。しかし、彼の生涯については、ほんの少しのことしか分かっていません。代表作の《観音猿鶴図》に「蜀僧法常謹製」という自筆の署名があることなどから、蜀（現在の四川省）の出身ということは分かるのですが、生没年は不明です。禅僧の名前には”号”と、先生から与えられる”諱”があって、彼の場合、「牧谿」が号、「法常」が諱ということになりますが、出家以前の名は知られていません。
無準師範（1177～1249）という偉い禅僧の弟子だったということは、禅宗の師弟関係を記した宗派図で確認できます。ただ、どれくらい出世したのかなど、細かいことはほとんど分かりません。絵の先生は殷済川という人だったらしいのですが、この先生については絵も伝記も残っていません。
牧谿の活動の場は江南地方で、南宋の都だった臨安（現在の杭州）のお寺に住んでいました。風光明媚な西湖の畔にあったその寺は、日本に残る記録では六通寺といい、今は廃寺になっています。数年前に現地を訪れた時は、ここに牧谿がいたんだなと思ってしみじみしたものですが、地元の人は誰も牧谿の名前なんか知りませんね。
Ｑ牧谿の絵は中国には残っていないのですか？
まったくありません。日本に伝わったもの以外に牧谿のホンモノといえる絵は１点もないんです。
Ｑもしかして、本国では二流の画家で、日本人だけが評価したのでしょうか？
決してそんなことはありません。そもそも、牧谿に限らず、中国では仏教美術そのものが少ししか残っていないんです。唐時代に生まれた圧倒的な仏教美術すらたいがいは失われて、敦煌などの田舎に残っているだけ。もちろん宋代の仏教美術も、もうほとんど残ってない。だから、中国生まれなのに中国にないものは、牧谿の絵だけじゃないんです。たとえば、室町時代以降、牧谿とともにもてはやされた玉澗のホンモノも、日本にしかありませんしね。生涯が謎だらけなのも、牧谿だけじゃありません。南宋時代の画家の伝記なんて、たいていその程度しか分からないんです。牧谿の伝記について、一番基本になる資料は『松斎梅譜』（1351頃）という本なんですが、「僧法常、蜀の人。牧谿と号す。喜んで龍虎、猿鶴、禽鳥、山水、樹石、人物を画く。……意思簡当にして粧綴を費やさず。……荷蘆は写すに倶に高致有り」などと好意的に評価しています。
また、この『松斎梅譜』には、牧谿が賈似道という大物政治家と関係があったとも書かれています。この賈似道は絵画の有名なコレクターでもありまして、今は大英博物館が所蔵する「女史箴図巻」などの名品を持っていた人です。一介の禅僧がそんな大物とつながりがあったということは、やはり牧谿が画家として評価されていたからだと思いますね。
Q「観音猿鶴図」の見どころを教えてください。
間違いなく牧谿の超Ａ級作品であるこの３幅には、光と大気のリアリズムを達成するための、牧谿の高度なテクニックが駆使されています。そのテクニシャンぶりを実感していただきたいですね。
まず、空間表現のすばらしさ。「観音図」では、観音の身体や岩の立体感はもちろん、洞窟の奥行きもリアルに描かれており、これほど空間に厚みがある仏画も珍しいでしょう。さらに、薄暗い洞窟の中の湿っぽい大気まで表現されている。湿度何パーセントかまで分かるような感じです。そうした空間表現、あるいは大気の表現は、「猿図」と「鶴図」にも見られます。「猿図」の画面上方にすーっと消えていく枝とか、「鶴図」の竹林の上方の靄など、実にデリケートな表現です。
構図もよく計算されています。「猿図」では、猿の顏を中心にして、手脚や松の幹、枝が放射状に配置され、まるで猿に向かって見る者が吸い込まれるような、求心力を持った構図になっています。
そして質感を表わすテクニックもすごい。「猿図」では、猿の身体の細かい毛描きも見事ですが、左下の松葉の複雑な筆の運び、幹から垂れる蔦のスピード感のある筆触には、牧谿の息づかいが見えるようです。「鶴図」では、外隈という技法が使われています。輸郭は描かずに、鶴の周りの部分を暗くすることで身体の白さを浮かび上がらせているんですね。鶴の脚は重心のかけ具合まで分かるように描かれていますし、首の白い羽と黒い羽の境目の微妙なぼかしかも見応えあり。左端で画面を締めるウネウネした竹も実にリアルです。
遠涌帰帆図 紙本墨画 文化庁蔵
煙寺晩鐘図 紙本墨画 畠山記念館蔵
漁村夕照図 紙本墨画 根津美術館蔵
平沙落雁図 紙本墨画 出光美術館蔵
Q「瀟湘八景図」は実際の風景を写生したものでしょうか？
湖南省にある洞庭湖の南、瀟水と湘江というふたつの川が合流するあたりを「瀟湘」といいます。ここは昔から名所として有名で、多くの画家が描いてきましたが、お決まりの名所絵的画題ですから、必ずしも現地へ行かなくてもそれらしいイメージが描ければいいわけです。牧谿の場合もやはり写生したものというより、頭の中で組み立てた風景でしょう。ただそこには、彼が住んでいた西湖近辺の湿潤な風土が、濃厚に反映されていると思います。
Q「瀟湘八景図」は、もともと８幅の掛軸としてセットで描かれたのでしょうか？
実はこれ、牧谿は巻物として描いたんです。そもそも４場面ずつを描いた巻物が、２巻セットで計８景になっていたという説が有力です。それをたぶん足利義満が、座敷に掛けて飾るために切断して掛軸にしちゃったんですよ。「煙寺晩鐘図」なんかをよく見ると、横方向に一定の間隔で虫喰いの跡があります。これはまだ巻物だった時、横に巻いて保管していた際の虫喰いですね。この虫喰いの間隔を計ると、当初の絵の順番がある程度分かります。
Q牧谿とともに玉澗の「瀟湘八景図」も有名ですが、ふたりの表現の違いを教えて下さい。
五訓は牧谿とほぼ同時代の中国の両僧です。ふたりとも。モティーフを光と大気の中に溶かしていくという描き方は共通していますが、玉澗の方は、何を描いたか分からなくなる寸前まで行っていて、表現主義というか抽象に片足を突っ込んでいる感じです。こうした描き方は牧谿より分かりにくく、かえってその難解さがお茶の世界ではありがたがられたんじゃないでしょうか。
ほか
【目次より】一部紹介
特集 牧谿をお見せしよう 水墨画のフェルメール
"謎の中国人"牧谿について教えて下さい[答える人]山下裕二
牧谿の名作クローズアップ![答える人]山下裕二
"最大"の傑作《観音猿鶴図》
湿潤な"大気"を実感させる《瀟湘八景図》
もっと教えて! 牧谿の見方/花も実もある小世界 花卉図
なぜ"日本水墨画の父"なのか
"牧谿猿"の大繁殖
"史上初"の牧谿展ウラ話[談]名児耶明
茶人が生んだ"牧谿ブランド"谷端昭夫
桃山の茶会に登場した牧谿ベストテン!
牧谿画の"メイクドラマ"/牧谿、美術市場を賑わす!
超高級ブランドに合わせた表具とは
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